その異称と心中せしめる春のまにまに
新月の上で踊る
純白からはほど遠いかたわらで
あなたが餞だった頃
かたちのない瑠璃をおまえと呼ぶ
やわらかな修羅場を咬めども
櫻の洞で這いずる劣情
ともすればくちづけの汀に潜む
月明かりのにおいのするてのひら
まなじりに爛漫の柩
金襴緞子の瑕疵をあげる
くちびるに飼い馴らす花冷え
熱いも冷たいもすべてが毀れる頬に
滴るほどの結び目を与えて
名も知らぬあわいで充ちた肺腑
その目眩に四肢を施す
きみへ羽ぐくむひらがなの末路よ
星も花も鉄も薄様の屑
この暮夜を湛えろ
霖を閉じ込めるための匣
ぼくらは物語のうちのなごり雪
まぼろしにしたくないから穿ちたい
木漏れ日の中の如実の滅び
仄かな濁りを捧げて
まるで雨後の月のように触れてほしい

いつかの五月雨に袂を殺されども
真火をもぎ砕く五指の淵
御胸にひた隠すまほろばと桐壺の影
容に嘯きはしないから
土へ還る前に頬へ触れる前に
辞世のうなじに縫い止めた月痕
しとどに燃える夢うつつ
それは喉元を過ぎ去りし謳歌
おまじないのような薄ら氷
涯てにまぶたがあるのならばきっと
わからないことばかりの隙間に
髪のひと筋をむずかしい言葉で撫でて
きみは皹を持て余す庭
因果律の輪郭が吠えるのをやめた
かんばせに垂らす有為の赦し
舌の上で転がす鎬
かぎりなく透明な赤舌日
花時のうちのぬばたまを咀嚼して
ほんとうの蝕みの在り處
うっとりするほどかなしい心臓
やさしさとさびしさが欠落となって
誰よりも泪が青い
噛めない熔けないあどけない怜悧
まどろみによく似た化け物
春のあけぼの蘇らざりし血に啼けよ

あなたのすべてが欹ちを齎すせいで
さようならがゆえの嘉日
どうにもならない季語の群れ
日溜まりの中の刹那ばかり拾い集めた
毛羽立ちのまばたき
春めかしく振り翳す目蓋
灼けないひとひらへ身を窶す
わたしの陰りを弄ばないで
あまぐるしい目覚め
かけ離れた言祝ぎを紡いで
首筋のひかりを噛み砕く
耳朶を掻き毟る青い綯い交ぜ
なにもかもがほどけてもかまわない
麗らかに温度を奪う指先
呪縛の装いをやめない春しぐれ
ちはやぶる波瑠のかけら
痛みのようにさんざめくほの暗さ
声にならない春雷を捉まえて
遣る瀬なきが游ぐ夜
どんな吐息も敵わないまま
かの思い出が緩むことのないように
悪癖がてんで散らばる褥
どこもかしこも斯くもひた熱く
そうして飲み干す禁色
口腔に月の裏側を張り巡らせたる

おまえの右目を漱げばなにが生まれる
円環の前触れ
思惑が杯の為りを成すとして
確かの皎々たる獨り
さしぐみに散りぬる詠み人知らず
火にも水にもなれない鼓膜
みちゆきに春の夜の成れの果て
たったひと掬いの本能
正しさの鍵穴さえも亂すように
真雪で拵えた秒針
惜しみを宿してゆきすぎる
おれを青い陽と見咎めて
蔓延る芽吹きに名をしたためる
脈打つ静寂の百鬼夜行
あさき夢みしあらましき微笑み
頸の皮の下の箔押しの抄
花を踏まずに歩こうとしないで
もどかしいほどの綺羅
肌膚をなぞる事実上の永遠
あなたがうつくしいことの息継ぎ
胡蝶のまなうらへと続く道
いとおしさだけ憶えていたらいい
さながら目に見える玉響
降り頻る白日の屍骸
いちばんきれいな函蓋とともに眠れ


2019.03.03
太刀 銘三条(名物三日月宗近)附 絲巻太刀拵鞘